危機感が、好奇心に変わるまで
LIFE UPDATE LETTER Vol.352 Jul 10, 2026
【JOURNAL】危機感が、好奇心に変わるまで
先日の台湾取材で、僕はふたりの人に会いに行きました。ひとりは、以前書いた新竹の書家、SOYAMAXさん。そしてもうひとりが、今日書く、台北に暮らす作家、木下諄一さんです。
実は木下さんとお会いするのは、十一年ぶりでした。海外取材の駆け出しだった僕は、十一年前、台北の立派なホテルのラウンジで、一度だけインタビューをさせてもらいました。当時の木下さんは、外国人として初めて台北文学賞を受賞した、注目の小説家でした。あれから十一年。再会した木下さんは、六十五歳になっていて──そして、まったく想像していなかった姿になっていました。
木下さんが台北の街を歩くと、あちこちから声がかかるのだそうです。「あ、スーパーG だ」「今日は何食べたの?」。木下さんは、台湾でいま、YouTuber として知られていました。チャンネル名は「超級爺爺(スーパーG)」、登録者は七万人。街で声をかけられるのは、月に五回から十回。そのほとんどが、小説家としてではなく、YouTuber として、なのだそうです。
作家が、YouTube。十一年前の彼からは、想像もつきませんでした。なぜ、と聞きました。きっかけは、ある日、ネットの記事を最後まで読み切れない自分に気づいたことだったといいます。「これからは、文字だけでは生き残れない」。そう直感した。二〇二〇年、五十九歳のときでした。
六十歳近くで、彼は機材を一から全部そろえ、パソコンの使い方をネット検索で一つずつ覚えていった。若い人なら一時間で終わることに、一日かかる。それでも、コツコツと。最初の一年で型をつかみ、いまの七万人にたどり着きました。「若い人に聞けばいい、と言われるけど、何を聞いたらいいかすら分からなかったんですよ」。彼は笑っていました。
ここで、僕がいちばん心を動かされたことを書きます。
木下さんがYouTubeを始めた動機は、「危機感」でした。文字だけでは食べていけない、という恐れ。でも、と彼は言いました。「しばらくすると、それが好奇心に変わるんですよ」。やっているうちに、「あ、これは自分にもできるな」と思えてくる。やる前には見えなかったものが、やってみると見えてくる。恐れから始まったはずのことが、いつのまにか、面白くてたまらないものに変わっている。
この「危機感が、好奇心に変わる」という言葉が、僕は忘れられませんでした。
その変化は、一度きりではありませんでした。六十五歳のいま、木下さんは短編映画まで撮っていました。舞台は、戒厳令明けの台北。台湾では一九八七年まで、およそ四十年にわたって戒厳令が敷かれ、言論も移動も長く制限されていました。その重い蓋がようやく外れた時代に、もともと台湾にいた人と、中国大陸から来た人の、その境い目を描いた物語です。脚本も、キャスティングも、資金集めも、撮影交渉も、宣伝も、雑用も、全部ひとりで。一緒に作ったのは、二十歳前後の映像学科の若者たち。「彼らと対等に向き合えたことが、いちばんの財産でした」と、彼は言いました。
なぜ、そこまでやるのか。彼の答えは、シンプルでした。「やりたいと思ったのに、やらないで後で後悔するのが、いちばん嫌なんですよ」。座右の銘は「人生に無駄な道はない」。そして、口ぐせは「做了再說」。やってみてから、言う。頭で考えて尻込みするより先に、まず動く。映画も、「やってみてから」の先に生まれたものでした。
十一年前、木下さんは「茹でガエルになるな」と語っていました。心地よいぬるま湯に浸かっているうち、気づけば茹であがっている。だから、自分がどこへ行きたいかを、自分で分かっていることが大事だ、と。だから今回、聞いてみました。「この十一年、茹でガエルにならずに来られましたか?」。彼は即答しました。「もう、ぴょんぴょん跳ねてるから」。
いちばん驚いたのは、AIの話をしているときの、彼の目でした。子どもの頃、自動車が普及しはじめたとき、すぐに運転を覚えた人と、「電車があるからいい」と覚えなかった人とで、その後に大きな差がついた──それを子どもながらに見ていた、と彼は言います。「AIは、あれと同じ匂いがするんですよ。こんな年寄りだけど、AIはまだ、やりたい」。六十五歳の人が、新しい大波を前に、これほど目を輝かせている。そのことに、僕のほうが励まされてしまいました。
危機感は、好奇心に変わる。やってみてから、言う。六十五歳で、まだぴょんぴょん跳ねている人を目の前にして、自分の中の「やってみたいけど」の「けど」が、少し軽くなった気がしました。
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会う、ということ。
木下さんに会って、あらためて思いました。僕がやっているのは、ただ会いに行くことだけです。会えば、何かが起きる。その入り口を、いくつか置いておきます。よろしければ、どうぞ。
▼ 「超えたいもの」を、持ち寄る夜 ── LIFE UPDATE LOUNGE(8/27・みなとみらい)
一年ぶりに、読者のみなさんと直接お会いする場をひらきます。テーマは「超えたいものは何ですか?」。先日のレターに書いたとおり、僕がいちばん超えたいのは、計算する自分でした。あなたの「超えたいもの」も、聞かせてください。画面越しでは決して起きないことが、同じ部屋の空気の中では、起きます。それを一年前、僕は目の当たりにしました。
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▼ 答えは、あなたの中にあります ── パーソナルインタビュー
羽生結弦さん、吉本ばななさん、ケヴィン・ケリーさん──23年・2,000人以上と重ねてきたのと同じ対話を、あなたお一人のためだけに行う60分です。受けた方は、みな同じことを仰います。「答えは、すでに自分の中にあった」。頭の中のモヤモヤがほどけ、本当にやりたいことに気づく。大きな決断や転機の前に、自分の本音を確かめたい方へ。
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▼ 会うたびに、見える世界が変わる ── 書籍『会う力』(新潮社)
僕は今も人と会うのが苦手です。その僕が、なぜ会い続けるのか。会うたびに、検索では絶対に手に入らない一次情報と、自分だけの「人生の教科書」が増えていくからです。書けなかった僕が本を書き、話せなかった僕が人前で話せるようになったのも、ぜんぶ「会った人」の影響でした。アポの取り方の本ではありません。会い続けると人生に何が起きるのか、その全部を書いた一冊です。
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▼ 「会えるはずのない人」に、会えた人がいます ── 会う力 養成講座
受講生の深谷さんは、接点ゼロだった憧れの方から「お会いしましょう」の返事をもらいました。特別な才能ではありません。講座の内容を、順番にやり抜いただけです。動画教材だけではなく、心臓部は隔月のグループ相談会。僕がいま、世界中の会いたい人にどう会いに行っているか──その現在進行形を分かち合いながら、あなたの「会いたい」を一緒に実現していく場です。
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【編集後記】パリパリの、焼き餃子
台湾のことで、どうしても書いておきたいことがあります。餃子です。
滞在中は、餃子ばかり食べていた気がします。日本だと餃子といえば焼きを思い浮かべる方が多いと思いますが、台湾は水餃子の文化で、焼き餃子の店は、意外と少ない。しかも、表面をしっかりパリパリに焼く昔ながらの店は、年々減っているのだそうです。
取材前に木下さんが連れて行ってくれたこの店は、そのパリパリの焼き餃子が本当に絶品でした。裏通りにあって一人だったら、まず入らないような一角です(笑)でも、店の中は地元の人で、めちゃくちゃ混んでいました。台湾に行くことがあれば、ぜひ。下にリンクを貼っておきます。こういう店にたどり着けるのも、会いに行った方が連れて行ってくれたからこそ、です。
https://maps.app.goo.gl/zFWM1WjhChQKxLWD9
それでは、どうぞすばらしい週末をお過ごしください。
早川洋平
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