空との距離
LIFE UPDATE LETTER Vol.348 Jun 12, 2026
【JOURNAL】空との距離
今週のある朝、車で伊豆へ向かいました。週に一度、自分をひらく時間をつくるようにしていて、この日の目的地は伊東の小室山。このあたりを訪れるのは、20年ぶりくらいです。
ちょうど一年ほど前、このレターのエッセイでこんなことを書きました。僕は天井の高い場所が好きだ、と。たとえばアマン東京のラウンジや、丸の内ホテルの吹き抜けのカフェ。ああいう場所だと、考えごとが伸びやかになって、発想がよく転がる。理由は単純で、空から何かが降りてきやすい気がするから——物理的な高さや広さは、創造性に比例する。ずっとそう感じてきました。
その感覚が、この日、思いがけず一段ほどけることになります。
ふもとから見上げた小室山。リフトの一本道が、まっすぐ山頂へ。
小室山は標高321メートル。富士箱根伊豆国立公園の中にある、おわんを伏せたような形の小さな火山です。山頂までは一人乗りのリフトで約5分。歩いても15分か20分で登れるよう遊歩道が整備されているのですが、行きはせっかくだからとリフトに乗りました。
一人乗りのリフトで、約5分の空中散歩。平日は、ほぼ貸し切りでした。
これがよかった。足の下を草原がゆっくり流れていって、鳥のさえずりが聞こえて、体がすうっと上がっていく。空中散歩という言葉がありますが、まさにあれです。リフトを降りると、山頂には「MISORA」という名の、全長166メートルほどのループ状のボードウォークが空に向かってひらいていました。富士山、相模灘、伊豆の島々、天城の山なみ。360度、さえぎるものがありません。
山頂のCafé・321。芝生の屋根の上も、歩けます。
そして、その一角に「Café・321」というカフェがあります。321は、この山の標高から。芝生の丘にすっぽり埋め込まれたような建物で、屋根の上をそのまま人が歩けるつくりになっています。
正直に言うと、この日いちばん長くいたのは、ボードウォークではなくこのカフェの中でした。外のテラスは人が多く、少し蒸してもいたので、僕は店内へ。これが、当たりでした。大きなガラスの向こうに、海と空。広いカウンターにコーヒーを置いて、試しに少しだけ原稿を書いてみたら——驚くほど、進んだのです。
ここで、おや、と思いました。
このカフェの天井は、ごく普通の高さなのです。吹き抜けでもなければ、大聖堂のような開放感があるわけでもない。僕の仮説に従えば、ここで原稿がはかどる理由は、ないはずでした。なのに、頭の中はかつてないほど伸びやかになっている。
つまり、こういうことだったのではないか。僕が本当に求めていたのは、天井の高さではなく、自分と空との距離だった。天井の高い吹き抜けは、頭上に余白をつくることで、その距離をささやかに縮めてくれる、ひとつの方法にすぎなかった。だとすれば、もうひとつ、ずっとシンプルな方法があることになります。自分ごと、高い場所に上がってしまえばいい。標高321メートル。この建物は天井こそ普通でも、建物ごと、すでに空のすぐ近くにいる。言ってみれば、天空のカフェです。
ガラスの向こうは、空と海だけ。
帰りは、リフトに乗らず、遊歩道を歩いて下りました。よく整備された道で、木々の間から海を望みながらの、ぜいたくな森林浴。風が涼しくて、大げさでなく、大きなものの息吹に吹かれているような心地よさがありました。歩きながら、新しい仕事のアイデアがいくつも降りてきて、慌てて立ち止まって録音したくらいです。一年前に「歩いていると、何かが降りてくる」と書きましたが、高い場所で歩くと、どうやらそれは倍になるらしい。途中に「恐竜広場」という場所があるのですが、なぜ恐竜なのかは、最後までわかりませんでした(笑)。
ちなみにこの近くには、大室山というもうひとまわり大きな山もあります。標高580メートル、国の天然記念物で、徒歩では登れずリフトだけが許されている、どこか聖域めいた山。20年ほど前に訪れて、その独特の気配に打たれた記憶があります。今回の小室山は初めてでしたが、伊豆のこのあたりは、山の上に立つと何かが整う場所が多い気がします。
山を下りながら、考えていました。煮詰まったとき、僕たちはつい「環境を変えよう」と横に移動します。カフェを変える、街を変える。でも本当に効くのは、横ではなく、縦の移動なのかもしれません。ほんの300メートル、ふだんの地面から離れてみる。それだけで、抱えていたものが小さく見えて、頭の中に、空とおなじだけの余白ができる。
そういえば近々、急遽、台湾へインタビューの旅に出ることになりました。正直、いまから飛行機が楽しみで仕方ありません。あの空間も、なぜか不思議とゾーンに入れる場所。それもそのはず、雲の上──空との距離が、ゼロになる場所ですから。
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会う力を、あなたのものに
今週のエッセイで「高い場所は、頭の中に空とおなじだけの余白をつくる」と書きました。実は、いい問いにも同じ働きがあります。心に余白をつくり、その余白に、自分でも気づいていなかった答えが浮かんでくる──僕がこの23年やってきたのは、煎じ詰めればそれだけです。もしよかったら、今のあなたに合う入口から。
■ あなたを、インタビューする ── パーソナルインタビュー
羽生結弦さん、吉本ばななさん、ケヴィン・ケリーさん——23年・2000人以上に向けてきたインタビューを、こんどはあなた一人のために。悩み解決の糸口と自分の可能性を、プロインタビュアーが1対1で引き出す60分。これまで「LIFE UPDATE SESSION」としてお届けしてきた時間を、名前から中身まで新しくしました。当日の音声ファイルのお渡しも始めています。
受けてくださった方が口を揃えるのは「答えは、すでに自分の中にあった」ということ。その答えに出会うために、僕がいます。
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会う前の不安のほとんどは、自分でつくりだした幻想にすぎない──遠回りしてたどり着いた、その一つの発見を一冊にしました。怖いまま一歩だけ踏み出すと、不安を超える何かが返ってくる。会いに行くことのすべては、ここから始まります。
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【編集後記】雲の上で、再会
先日、中国新聞の記者時代にたいへんお世話になった上司と、久しぶりに再会してランチをしました。お会いできただけで十分うれしかったのですが、ふと足元を見て、笑ってしまいました。先週この編集後記に書いた、あのOn Cloud 6 Waterproof——まったく同じスニーカーを、その方も履いていたのです。示し合わせたわけでもないのに。長くお世話になった方と、何年ぶりかに会って、靴がそろっている。なんだか、それだけでいい一日でした。
On Cloud 6 Waterproof。「雲の上」を、歩く靴。
ちなみにOnはスイスアルプス生まれのブランドで、コンセプトは「雲の上の走り」だそうです。雲の上を歩く靴を履いて、天空のカフェに登り、来月は本物の雲の上へ。防水なので、正直、早く雨が降らないかなとも思っています。
それでは、どうぞすばらしい週末をお過ごしください。
早川洋平
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LIFE UPDATE ──
人生を更新する、インタビューマガジン。
23年・国内外2000人以上との対話を続けてきた、早川洋平のインタビュー番組です。各界のトップランナーから市井のプロフェッショナルまで。音声(ポッドキャスト)を中心に、お届けしています。通勤の道で、家事の合間に、眠る前のひとときに。あなたの毎日に、そっと「更新」を。
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