書くことと、坐ること
今週の舞台はカリフォルニア。作家ナタリー・ゴールドバーグさんに会った話を、お届けします。
人生を更新するインタビューマガジン「LIFE UPDATE」Vol.356 Aug 6, 2026
【JOURNAL】書くことと、坐ること
毎朝、ノートに向かって、頭に浮かぶことをただ書きつける。
ジュリア・キャメロンの『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』に出会ってから、モーニング・ページは僕の大切な習慣になりました。かたちは少しずつ変わって、いまは朝の散歩をしながらの、音声のジャーナルになったけれど、芯は同じです。うまく言おうとする前に、出す。判断する前に、動く。
その本の新版を開くと、冒頭に、ある人の推薦文が載っています。
「著者のジュリア・キャメロンは私の友人です」——そう書き出すその人は、ジュリアが青い瞳で自分を見て、穏やかに笑いながら「私、人々の人生を花開かせるのをやめたくないの」と言った日のことを、記しています。
ナタリー・ゴールドバーグ。『Writing Down the Bones』(邦題『魂の文章術』)の著者です。
僕はこの本に、救われたことがあります。10年以上、自分の本の一行目が書けなかった。その僕を動かしたのが、彼女のたったひとつの教えでした。
「手を動かし続けなさい」。
うまく書こうとするな。内なる編集者が目を覚ます前に、ただ、手を止めるな。おかげで、僕は昨年最初の本を世に出すことができました。以来、彼女の本は買い直しては読み、すり切れてはまた買い直して、いま手元にあるのは3冊目か、4冊目。この一冊は40年前に書かれ、約20の言語で、およそ200万部。世界中の人が、この本で「書くこと」と「生きること」を教わってきました。
その人と、先日、ついに画面越しに向かい合いました。
1時間の対話で、いちばん深く残ったのは、意外なほど静かな話でした。
書くことと、坐ること。
彼女は禅を50年、実践してきた人です。師は、日本からアメリカに渡った禅僧、片桐大忍老師。書くことをひとことも語らなかったその師から、彼女は書くことのすべてを学んだといいます。
「書く道具は何か ── ペン、紙、そして人間の心」
だから彼女にとって、書くことはそのまま禅の実践なのだと言います。坐ると、あらゆる思いが湧いてくる。でも、書き出すと、どういうわけか空っぽになれる。心が静まっていく。
そして、疲れ果てたとき、井戸が空になったときは、どうするのか。彼女の答えは、ため息が出るほどシンプルでした。
「ただ、坐るの。坐禅という意味じゃなくて。昨日の夜も、外に坐って、葉の音を聴いていた。夏の葉が、雨みたいに鳴るのをね」
書くことと、坐ること。文字にすると、たったそれだけのことです。でも、50年書き続け、大きな喪失も、書けなくなる季節もくぐり抜けてきた人が、「それがあれば、ほかには何も要らない」という深さで、そう言うのでした。お金がなくても、時間がわずかでも、紙と、椅子と、自分の心があれば、人はもう一度、静けさに戻れる──。
その言葉の土台にあるのが、禅であり、俳句であり、日本であることに、僕は少し、居ずまいを正しました。彼女は日本に6回来て、芭蕉や一茶の墓を訪ねた人です。驚いたのは、俳句の話。40年前のアメリカで、すでに俳句は小学校や中学校で教えられるほど親しまれていて、いまは、さらに関心が高まっているのだそうです。僕らがとうに忘れかけているものを、太平洋の向こうで、彼女たちはずっと大切にしてきた。そして彼女は言いました。日本人は、いま、どんどん速くなっている。自分たちの持っている深く美しい文化に、自分たちだけが気づいていない、と。
もうひとつだけ、書いておきたい場面があります。
対話の終盤、車の話になりました。彼女がふと言ったのです。「友人はみんな日本車。私はいつもホンダなの。次もホンダ、その次もホンダ」。
思わず、前のめりになりました。「僕もです。僕も、ずっとホンダなんです」
画面の向こうで、彼女が笑いました。その瞬間、はっきりとわかりました。憧れの作家と一読者だった僕らの間の距離が、すっと縮まったのが。インタビューを生業にして20年、「共通点を見つけることが、人と人の扉を開く」と、拙著にも書いてきました。でも、まさか太平洋を越えて、ホンダで扉が開くとは思いませんでした。
大きな話のあとに、こういう小さな話がある。それが対話というものの、たまらないところだと思います。
本編では、この他にも──彼女が机に置いているという、ある日本の俳人の写真のこと。AIの時代に「手で書くこと」が持つ意味。そして最後に彼女が、世界中のみなさんへ贈ってくれた、たったひとことのメッセージ。
その声は、秋に、このマガジンでお届けします。
英語で、何度も言葉に詰まりながらの1時間でした。それでも彼女は、いつも待っていてくれました。書くことと、坐ること。それだけあれば、いい。そう教わった夜から、僕の朝の散歩は、少しだけゆっくりになりました。
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▼ いま聴ける、最新インタビュー
このマガジンのインタビューは、毎回、音声でお届けしています。最新の一本は、台湾の書家・SOYAMAX(曽山尚幸)さん。
十八歳で末期がんの告知を受け、「終わったな」と思った病室で筆を握った人です。それから二十四年。営業を一切しないのに、いま顧客の八割が台湾の人。「縁は、ピンチの時にやってくる」——その声を、ぜひ。
▶ 聴く|Vol.355「十八歳で、余生がはじまった」
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会う、ということ。
十年、ナタリーの本を読み続けて、それでも「会えるはずがない」と思っていました。でも、会いに行けば、扉は開く。ここから先は、その「会う」から生まれた場所です。
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▼「あなたが今、いちばん超えたいものは何ですか?」── LIFE UPDATE LOUNGE Vol.13 (8/27・横浜)
超えたいのに、超えられないもの。それを、ひとつだけ持って来てください。
役割も肩書きも外して、少人数で、その問いだけを囲む2時間です。人に話すうちに、自分でも思ってもみなかった答えが、ふっと出てくる。「そうか、自分はこれを超えたかったのか」と。うまく話せなくても大丈夫。聴いているだけでも、他の人の"超えたいもの"が、あなたの背中を押してくれます。
帰り道、少しだけ身軽になっている。そういう夜です。
▶ お申し込み(8/27・横浜みなとみらい BUKATSUDO)
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▼今度は、あなたが話す番です ── パーソナルインタビュー ── パーソナルインタビュー
迷いに道筋が見えたり、次の一歩が決まったりする時間です。でも、それだけではありません。
いまの仕事を、この先も続けていくのか。何かを始めたいけれど、それが何なのかがわからない。人に説明しようとすると、いつもうまく言葉にならない。そういうものを、対話でゆっくりほどいていく時間でもあります。
2000人以上に会ってきて、確信していることがあります。答えは、いつもその人の中にある。ただ、ひとりでは、そこまで潜れない。鏡がなければ、自分の顔が見えないのと同じです。
僕がするのは、アドバイスでもコンサルティングでもありません。インタビューです。まだ気づいていなかった視点や、自分では立てられなかった問いに、出会っていただけたらと思っています。
自分の人生を、一度、ちゃんと聴いてもらう。それだけで、進む方向が変わることがあります。
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▼『会う力 ── シンプルにして最強の「アポ」の教科書』(新潮社)
会いたい人に、会えるようになる。それだけで、人生は動きます。
人見知りで、会社をクビ寸前だった僕が、20年で2000人に会えるようになった。羽生結弦さんも、吉本ばななさんも、ケヴィン・ケリーさんも──「どうせ無理」と思っていた相手に、どうやって会ってきたのか。その全部を、手順として書きました。
才能でも、コネでもありません。順番どおりにやれば、誰にでもできる。あなたの「会いたい」が、ひとつずつ現実になっていく本です。
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▼「会う力」養成講座
本を読んで終わり、にしないための場所です。
隔月のグループ相談会で、あなたが今いちばん会いたい人に、どうアプローチするかを、一緒に設計します。僕がいま世界の誰に、どう会いに行こうとしているのか──その現在進行形も、包み隠さず分かち合います。
受講生の深谷さんは、この一年で、「会いたい人リスト」のいちばん上に書いていた方へのインタビューを実現されました。名前を言えば多くの人が知っている、長く読まれ続けている書き手の方です。もともと接点は、ゼロ。特別な人脈があったわけでも、有名だったわけでもありません。
受講をきっかけに自分の番組を立ち上げ、準備の仕方、アプローチの仕方、当日の心構え、会ったあとのお礼まで、本に書いたことを、そのとおりに、一年間、積み重ねただけです。収録は、あっという間の1時間だったといいます。
一年前には夢のような話だったことが、順番どおりに動いていたら、ある日ふつうに叶っていた。「会う力」とは、そういうものだと思っています。
「会いたい」を、「会えた」に変えていく。その伴走をします。
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【編集後記】
最近、iPhoneの画面を、グレースケールにしています。色を、ぜんぶ消しました。白と黒だけの世界。
はじめは、ちょっとした実験のつもりでした。でも、これが思いのほか、心地いい。通知の赤も、アプリの誘いかけるような色も、ぜんぶ灰色になると、不思議と、画面から自然に手が離れます。ひらきかけたアプリを、そっと閉じたくなる。
うまく言えないけれど、ノイズが、すっと減る感じがするのです。
ナタリーは言っていました。スローダウンしなさい、と。色をひとつ減らすと、静けさが、少しだけ増える。僕にとってグレースケールは、画面の上の、小さな坐禅なのかもしれません。
よかったら、今日一日だけ、試してみてください。
それでは、どうぞすばらしい週末を。
早川 洋平
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WIRED創刊編集長ケヴィン・ケリー × 早川洋平
「最高ではなく唯一の存在になること」全文テキスト
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▼ 英語版、はじめました
このマガジンの英語版も出しています。中身は同じです。同じインタビュー、同じエッセイが、英語で届きます。
インタビューという仕事をしていると、国境や国籍というものが、だんだんよく分からなくなってきます。人の話は、どこの国の人でも、同じところが震える。だから、境目なく飛んでいけたらと思っています。海外にお友達やご家族がいらっしゃったら、どうぞ教えてあげてください。
▶ LIFE UPDATE ── The Interview Magazine(英語版)
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