ヨコハマ、テキサス
LIFE UPDATE LETTER Vol.353 Jul 17, 2026
【JOURNAL】ヨコハマ、テキサス
朝、いつものように英会話のレッスンを受けました。
この英会話、ふだんは近所の森林公園でやっています。どうも自宅だとやる気が起きないのです。おかしなもので、同じZoomなのに、外の空気の中だと口が動く。ところが昨日は、朝からもう暑くて、公園に着く前にあきらめました。しかたなく、家で。
相手はケイトさん(仮名)。テキサスに住んでいる、その日はじめて画面越しにお会いした先生です。
かれこれ15年以上続けている英会話。でも早口で聞かれると、いまだに聞き取れないことが少なくありません。この日も何度か「ごめん、もう少しやさしい言い方で言ってくれますか?」とお願いしました。
話は、ワールドカップから始まりました。彼女はサッカーが大好きなのに、テキサスで試合があったことすら知らなかったそうです。「誰かに『試合、生で見た?』って聞かれて、え、ここで何が起きてるの?って感じだった」と笑っていました。ぼくはその日、朝四時に起きて、息子とイングランド対アルゼンチンを見ていました。眠い、と言うと、彼女も「ここ数日、よく眠れていないの」と。彼女のほうは、夕方の六時半。これから夕飯だと言っていました。
地球の反対側で、同じように寝不足の人がいる。それだけで、なんだかおかしくなりました。
そのうち、彼女が自分のことを話してくれました。ウィスコンシンで育ったこと。カナダに近くて、とても寒いところ。大学で教職の学位を取ったこと。いろんな国をふらふらと旅しながら、ボランティアで英語を教えてきたこと。最近、テキサスに越してきたこと。
そして、こう言いました。
「いろんな仕事を試してみるのが好きなの。何が好きで、何が好きじゃないのか、確かめたくて。教職の勉強をしたけれど、それが『これだ』とはまだ思えていない。少なくとも今は。だから、いろんな可能性を探してる」
いい人だな、と思いました。気づけばぼくは、レッスンのはずなのに、彼女にインタビューをしていました。職業病です。
やがて、彼女のほうが聞いてきました。「どうしてインタビュアーになろうと思ったの?」
たどたどしい英語で、ぼくは答えました。本当はプロのサッカー選手になりたかった。でも、なれなかった。だからせめてサッカーを取材するライターになろうと思って、新聞社に入った。ところが記者になって一カ月で、致命的なことに気づいてしまったのです。
ぼくは、書くのが好きじゃない(笑)
記者なのに、です。でも同時にもうひとつ、はっきりしたことがありました。インタビューだけは、好きだ。それはもう、どうしようもなく。
彼女は、さらに聞いてきました。
「ポッドキャストを通じて、何を学んだ?」
うまく答えられる自信はありませんでしたが、こんなことを話しました。
これからの時代は、自分をアップグレードしていく──積み上げて、上へ上へと行く──というより、いつでも更新(アップデート)し続ける姿勢でいることのほうが、ずっと大事なんじゃないかと思っている。予測がつかなくて、先の見えない時代だから、なおさら。そんな想いを込めて、LIFE UPDATE という言葉をつくりました。造語です。
だからぼくは、その種になるようなお話を聴きに行きます。国内外、有名無名、老若男女。これぞという方がいれば、直接お話をうかがう。決まったカテゴリはありません。健康のことも、仕事のことも、人間関係のことも、趣味の話も。公私の区別もなく。
そして、時間をいただいたお相手にも、そのインタビューを受け取ってくださるリスナーや読者の方にも、人生をアップデートするささやかな力になれたら──僭越ながら、そう思っている。
伝わったかな、と思っていると、彼女は少し黙ってから、言いました。
「……正直に言うと、聞いていたら、私もポッドキャスターをやりたくなってきた」
そして、こう続けたのです。
「だって、質問できるなんて。会いたい人に会って、いちばん聞きたいことを、その本人に聞ける。それって、なんという贈り物だろう」
──今度は、ぼくのほうが黙ってしまいました。
およそ20年、2000人以上にお目にかかってきました。当たり前になりすぎて、忘れていたことがあります。それは権利でも、技術でもなく、贈り物だったのだと。テキサスにいる、その日はじめて話した人が、まだそれを手にしていない場所から、そう言ってくれました。
考えてみれば、ぼくは彼女に何も売っていません。会社の宣伝もしていないし、番組を聴いてくれとも言っていない。ただ、自分が夢中でやっていることを、たどたどしい英語でしゃべっただけです。
それなのに、彼女のほうから言ってくれました。「番組の名前、教えてもらってもいい? 聴いてみたいの」。
たぶん、そういうことなのだと思います。必死に届けようとするほど、届かない。自分が本当に好きなことを、好きなように話しているときにだけ、なぜか人は振り向いてくれる。
レッスンの最後に、彼女は言いました。「あなたの英語、流暢よ。言っていること、全部わかるわ」。
お世辞でもいい。うれしかった。15年やって、まだ聞き取れない言葉がある。それでも、伝わった。届いた。
でも、いちばんうれしかったのは、たぶん、これです。
「これだ」と思えるものを、まだ探している、と言っていた彼女の中に、小さな火が灯った瞬間に、立ち会えたこと。
人生がアップデートされる場面は、たいてい、こういう何でもない朝にやってきます。
そして来週、ぼくは同じZoomの前に座ります。ただし、英会話のレッスンではありません。カナダの、世界的なアーティストの方へのインタビューです。十年以上、ぼくの「会いたい人リスト」のいちばん上にい続けた方でした。彼女の曲のおかげで本も書けたし、コロナ禍も乗り越えられたし、大きな喪失や絶望もくぐりぬけることができた。ずっと会いたくて、でも会えるはずがない、と思っていた人です。それが、ようやく実現します。
いまから、ドキドキしています。そして、少しだけ、ワクワクもしています。
質問できるって、やっぱり、贈り物です。
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会う、ということ。
「質問できるって、なんという贈り物だろう」──ケイトさんのあの一言が、まだ耳に残っています。たぶんこれは、ぼくだけの贈り物ではありません。ここから先は、それをあなたと分け合うための場所です。
▼ 「あなたが今、いちばん超えたいものは何ですか?」──LIFE UPDATE LOUNGE Vol.13(8/27・みなとみらい)
毎回、問いを一つだけ決めて、少人数で囲む夜です。役割も肩書きも、玄関に置いてきてください。ただの自分に戻って話す2時間。うまく話せなくても大丈夫です。聴いているだけでも、十分です。
そして今回は、その場でぼくの公開インタビューを受けられる枠を、1名だけ設けました。質問する側にも、される側にもなれる夜。この問いの前に、一緒に座っていただけたら。
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▼ 「質問される」ほうの、贈り物 ── パーソナルインタビュー
ケイトさんは、質問できることを贈り物だと言いました。でも20年やってきて思うのは、その反対側にも、贈り物があるということです。ちゃんと聴かれた人は、みな同じことをおっしゃいます。「答えは、すでに自分の中にあった」。羽生結弦さん、吉本ばななさん、ケヴィン・ケリーさん──2000人以上と重ねてきたのと同じ対話を、あなたお一人のためだけに行う60分です。
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▼人生を一生涯UPDATEするための教科書 ── 書籍『会う力』(新潮社)
今日のエッセイに書いたとおり、ぼくは書くのが好きではありません。人と会うのも、いまだに苦手です。その人間が、なぜ本まで書いてしまったのか。会い続けたからです。会うたびに、検索では手に入らない一次情報と、自分だけの「人生の教科書」が増えていく。アポの取り方の本ではありません。会い続けると人生に何が起きるのか、その全部を書いた一冊です。
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▼ 「会えるはずのない人」に、会えた人がいます ── 「会う力」養成講座
エッセイの最後に書いた、来週お会いする方。10年以上、会えるはずがないと思っていた人でした。それでも、会えます。受講生の深谷さんも、接点ゼロだった憧れの方から「お会いしましょう」の返事をもらいました。特別な才能ではありません。順番に、やり抜いただけです。心臓部は隔月のグループ相談会。ぼくがいま世界の誰にどう会いに行っているか、その現在進行形を分かち合いながら、あなたの「会いたい」を一緒に実現していく場です。
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【編集後記】食べるはずが
先日、ふと雑炊が食べたくなって、家にあった豆苗と卵としらすでつくってみたら、これがめちゃくちゃおいしくて。以来すっかりハマっています。
ご存じの方も多いと思いますが、豆苗は一度切っても、豆のところを残しておけば、また生えてくるそうです。半信半疑でやってみたら、写真のとおり、見事に。朝晩、水を替えるだけ。ずぼらなぼくにも、ちょうどいい。
ただ、誤算が一つ。食べるために育てているのに、かわいくてしかたない(笑)ほとんどペットです。切るのが忍びない。
光を当てると、全部がそちらにおじぎをする。逆に向けると、また逆を向く。伸びる速さも、一本ずつまるで違う。気づけば、優しい言葉をかけたり、音楽を聴かせたりしています。
それでは、どうぞすばらしい週末をお過ごしください。
早川 洋平
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LIFE UPDATE ──
人生を更新する、インタビューマガジン。
20年・国内外2000人以上との対話を続けてきた、早川洋平のインタビュー番組です。各界のトップランナーから市井のプロフェッショナルまで。音声(ポッドキャスト)を中心に、お届けしています。通勤の道で、家事の合間に、眠る前のひとときに。あなたの毎日に、そっと「更新」を。
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