12年前、森保一さんに会った日のこと
LIFE UPDATE LETTER Vol.347 Jun 5, 2026
12年前、シーズン中のクラブハウスで。我ながら、前のめりすぎますね(笑)
ワールドカップが近づいてきました。どの画面を開いても、日本代表の監督・森保一さんの顔が映っています。
そのたびに、12年前のことを思い出します。まだこの方がJリーグのサンフレッチェ広島を率いていた頃、僕はシーズンの真っ最中に、広島のクラブハウスでインタビューさせていただきました。練習と練習の合間、たしか休憩か食事の時間だったと思いますが、その貴重な1時間を、きっちり削り取って差し出してくださった。あの律儀さを、今でも覚えています。当時の僕は大きな媒体を背負った記者でもなんでもない、ただの一個人でした。今もそうですが。なぜ会ってくださったのか──その経緯は拙著『会う力』に譲るとして、あの日のことを、僕は今でもありがたく思っています。
練習と練習の合間に、時間をいただきました。
子どもの頃、僕は本気でプロのサッカー選手を目指していました。今はもうボールを蹴ることはすっかりなくなって、見る専門になりましたが、それでもサッカーは好きです。だから森保さんのことも、いわゆるファンというより、僭越ながらかつて同じ夢を追っていた人間として、勝手に背中を追いかけていたのだと思います。
彼のすごさは、戦術の話ではありません。いちばん打ちのめされたのは、森保さんが何ひとつ「つかみにいっていなかった」ことでした。
サッカーを始めた頃、自分にはまるで野心がなかった、と彼は淡々と言いました。当時はまだプロリーグもなく、サッカーは「いい会社に就職するための手段」のようなもので、そこそこの企業に入れて、そこそこのレベルでボールを蹴れたら幸せだ、日本代表なんて一度も考えたことがなかった、と。ただ、サッカーが好きで、もう少しうまくなりたくて、楽しむことを恐れなかった。流れに乗っているうちに、気がついたら今の場所にいた。好きこそ物の上手なれですね、と少し照れたように笑うのです。
夢をつかめる人と、つかめない人の違いはどこにあるんでしょう。そう尋ねると、彼は才能でも運でもなく、こう答えました。まず、目の前のことに打ち込めるかどうか。そして、壁にぶつかったとき——壁は必ずあります——そこで続けていけるかどうか。歯を食いしばる根性の話ではありません。本当に好きなことをやっているから、どんな試練も「やりたくないことをやらされている」感覚にはならない。だから、耐えられる。頭の中が、楽観主義でできているんでしょうね、と。
人を率いるときも同じでした。自分はその人の長所を見る、と彼は言います。その人だけが持っている部分を伸ばす。短所には必要最低限しか手をつけない。弱点ばかりを突かれると人はやる気を失って、結局その弱点も直らず、長所も伸びないままになるから。長所を伸ばしていけば、短所は自然と消えていく——これはもう、サッカーの話ではないですよね。子育てでも、仕事でも、そして自分自身との付き合い方でも、僕たちはつい逆をやってしまいます。
取材の終盤、僕は思い切って「ドーハの悲劇」のことを聞きました。あと一歩でワールドカップという試合の、ロスタイムの失点。彼が最後に覚えているのは、自分の頭の上をボールが越えていって、スローモーションのように相手の頭へ吸い込まれ、ゴールに落ちていく、あの一瞬だけ。そこから先は、ロッカーも、帰り道も、何も記憶にない。ただ、ずっとあとになって、ベランダで一人泣いている自分がいたそうです。夢が、手のひらからこぼれ落ちていった──彼はそう言いました。そして、こう続けたのです。あれ以上に悲しいことには、もうサッカー人生で出合わないだろう。だからこの先、何が来ても立ち向かっていける、と。人生でいちばんつらかった夜を、彼は握りしめて失ったのではなく、こぼれていく水をただ見つめて、それを自分の立つ床に変えてしまった。
握りしめるほど、逃げていく。つかみにいくほど、こぼれていく。だとすれば夢は、追いかけて捕まえるものではなく、好きなことを続け、壁の前で立ち止まらずに深く潜っていく人の手のひらに、いつのまにか残っているものなのかもしれません。
インタビューの途中で、彼がふと、こんなことを口にしたのを覚えています。いつか早川さんとも、どこかで一緒に仕事をすることがあるかもしれませんね、と。サッカー界では、誰がどこでまた巡り合うかわからない。自分は移籍を何度も経験して、人はずっとつながっているのだと知った。だから、その時その時に出会えた縁を、なにより大切にしたいのだ、と。世界に何十億人もいる中で、こうして出会えるのはほんのわずかな人なんです——そう言って、彼は静かに笑いました。無名の僕に向かって、本気でそう言ってくださったのです。
あの日、もう一つ感じたことがあります。この方は、ぶれない。柔らかく笑っていて、「自分はすごいだろう」という気配を一切ださないのに、その奥に、静かで強いものが座っている。たとえこの先どれだけ叩かれても、この方はきっとぶれないだろうな。どんな状況でも、ただそこに立ち続けるだろうな。森保さんを前にして、僕はなぜかそう確信していました。そして12年が経った今も、その印象はまったく変わっていません。
だから僕は、W杯をいちファンとして心から楽しみにしています。ピッチで何が起ころうと──勝っても、負けても、称えられても、叩かれても──きっとこの方はぶれない。その姿を見られるだけで、もう十分なのだと思います。
そして大会が終わったら、12年ぶりに、またお目にかかりたい。メディアの人間でもない、ただの一個人として。あのとき差し出してくださった1時間の続きを、いつか必ず。
森保さん、12年経っても変わらなすぎませんか……(僕のほうは、それなりに。笑)
よかったら、12年前のこのインタビューも聴いてみてください。サッカーに興味がなくても大丈夫です。どこかで夢を握りしめようとして、指の間からこぼしてしまったことのある人なら、きっと何か持ち帰れるはずです。
▼ 森保一さん(サッカー日本代表監督)|全4回インタビュー 第1回
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会う力を、あなたのものに
森保さんに「また会いに行きたい」と書きました。会いたい人に、会いに行く。僕がこの20年やってきたことは、煎じ詰めればそれだけです。そして「会う力」は、特別な才能ではなく、人見知りだった僕でも後天的に磨けた、一つの技術だと思っています。もしよかったら、今のあなたに合う入口から。
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会う前の不安のほとんどは、自分でつくりだした幻想にすぎない——遠回りしてたどり着いた、その一つの発見を一冊にしました。怖いまま一歩だけ踏み出すと、不安を超える何かが返ってくる。会いに行くことのすべては、ここから始まります。
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AIがすべてを代行しようとする時代。それでも、人が人に会うことでしか生まれないものがあります。会う力とは、情報の時代における最後の“人間の技術と哲学”であり、あなたの「Bサイド」を動かす起点です。「誰に会うか」が、人生を変える。「どう会うか」が、あなたをつくる。僕が20年で磨いてきた問いの技術と聴く哲学を、半年かけて実践で身につける場所です。じっくり潜りたい方には、僕との1対1セッションがついたプランもあります。
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「答えは、もうあなたの中にあります」。それを一緒に探すために、1時間半、あなたのためだけの対話の時間を持ちます。仕事のこと、これからのこと、まだ言葉にならないモヤモヤ。話しているうちに、自分でも気づいていなかった本音が、ふっと表に出てくる——そんな時間です。対面でも、オンラインでも。立ち止まっている感覚がある方へ。
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【編集後記】売り切れと、野生の勘
毎朝、骨伝導イヤホンを耳にかけて、自分の感じていることを20分ほどブツブツと声に出しながら歩く──「ウォーキングジャーナル」を日課にしています。頭の中の独り言を、そのまま音声で吐き出していく時間です。傍から見ればかなり怪しいのですが、これが思考の整理にちょうどいい。
その相棒として長く履いていたスニーカーが、さすがにボロボロになってきました。次の一足には、わがままな条件がいくつもありました。毎朝の歩きに耐えてくれて、でも普段の服にも馴染むファッション性があって、重すぎるのは嫌。しかも、できれば今まで履いたことのない、あまり人とかぶらないもの。履き慣れたニューバランスをもう一度、という安心策も頭をよぎりましたが、せっかくなら少し冒険してみたくて、たどり着いたのが On Cloud 6 Waterproof でした。梅雨にもちょうどいい、防水の一足です。
ところが、気に入って買おうとしたら、どこも売り切れ続出。Amazonでやっと見つけた!と思ったら、今度はちょうどいいサイズが見つからない。近所のスポーツショップに電話で在庫を聞いてみたら、「すみません、いまそのサイズは置いていなくて」と。ふつうなら、そこで諦めます。
でも、なぜか足が向いた。ダメ元で、そのお店に翌日行ってみたんです。そうしたら──棚に、ちょうど僕のサイズが、ぽつんと一足だけ残っていました。
電話では「ない」と言われたものに、行ってみたら、会えた。
考えてみれば、これは仕事でもよくあることです。画面の中だけで「たぶん無理だろう」と決めつけて、動かないまま諦めてしまう。でも実際に足を運ぶと、電話やメールでは出てこなかったものが、ふっと目の前に現れる。理屈より、ほんの少しの自分の勘を信じてみる。今週のエッセイで森保さんのことを書きましたが、どこか地続きな気もします。
スニーカー一足の話ですが、僕にとってはちょっとした「会いに行く」の練習でした。これで、梅雨もすこし楽しみです。
それでは、どうぞすばらしい週末をお過ごしください。
早川洋平
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LIFE UPDATE ──
人生を更新する、インタビューマガジン。
20年・国内外2000人以上との対話を続けてきた、早川洋平のインタビュー番組です。各界のトップランナーから市井のプロフェッショナルまで。音声(ポッドキャスト)を中心に、お届けしています。通勤の道で、家事の合間に、眠る前のひとときに。あなたの毎日に、そっと「更新」を。
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