早川洋平エッセイ〈32〉
「井戸を掘る」という意味では海外の旅も僕にとっては方法の一つ(スペイン・サンセバスチャンのビーチにて/筆者撮影)
スランプをなくすたったひとつの冴えたやりかた
鎌倉駅から徒歩10分。閑静な住宅街を抜けると現れたお寺のすぐそばに高橋源一郎さん(作家)の仕事場はあった。
緑と静寂に包まれた「これぞ鎌倉」という空気に浸る僕に「もうすぐホタルが見られるんですよ」と高橋さん。辺りには街灯もないし、確かにここなら十二分に拝めそうだ。
今回のインタビューでは『この30年の小説、ぜんぶ──読んでしゃべって社会が見えた──』にフォーカス。いきなり圧倒されたのが文体にまつわる話だった。
「僕は文体を固定したくないんです。『高橋源一郎といえば、これ』みたいにしたくない。逆に文体を固定しなければさまざまなキャラがかき分けられる。たとえば主語一つとっても『私』『僕』『俺』と使えますから。だからいつも今回はどれにしようかなという感覚です」
「私」はふつう、「俺」は少し攻撃的、「僕」は少年っぽくいきたいときに。第三者的な視点で書きたいときは「高橋」も使うという。
「語尾も変えられますよね。『私は~です』もあれば『私は~だ』もある。『俺は~』なら『だぜ』だっていい」と高橋さん。
確かに彼の作品やエッセイを読み返してみると、同じ人が書いたとは思えないことも少なくない。それでいてどの文章にも「高橋源一郎」が色濃く感じられるから不思議だ。無個性なのに個性がある。そう口に出すと「確かにそうかもしれません。ちなみに僕は毎回最初に文体を決めます。それにあわせて内容が決まってくるんです」。彼は言った。
その後に出てきた「井戸」の話はさらにインパクトがあった。
「小説を書くことは井戸を掘ることなんです」と高橋さん。村上春樹作品や創作に関する彼へのインタビューにもよく出てくるので、個人的にはなじみ深いワードではあったが、井戸を掘り尽くしたらどうするんだろう……心配性の僕はいつも感じていた疑問を高橋さんにぶつけてみた。
「もちろんいつかは枯れます。たとえば3本の作品を書いた後、井戸には水が一滴もなくなってしまったとします。でもそうしたら、場所を移動してまた別の井戸を掘ればいい(笑)さらに面白いことに、何年か経って最初の井戸をのぞいてみると、またそこには水が戻ってきていることもあります。だからまたそこを掘ればいい。そして枯れたらまた別の井戸へ……と繰り返していけばいいんです」
だから「スランプはうまくいっている証」だと彼は笑う。
「書けなくなったらチャンスですよ。移動すればいいだけだから。逆に『掘れている』うちはまだまだ。だから基本的に『書く』ことに対する不安は僕にはありません」
どうあがいても越えられない壁にぶつかったら、ちょっと他に行ってみればいい。時間を経て戻ってきたら、今度は乗り越えられるようになっているかもしれないから(もちろんそれぞれでベストは尽くすのだけれど)。僕にはそのような話にも聞こえた。
「なんだか小説だけじゃなく人生にも言えそうですね」
僕がつぶやくと高橋さんは優しくこう言った。
「いや、むしろ小説が人生そのものなんだよ」
読んですぐにはわからなくても、「わかった、あれってさ」な瞬間が訪れる。どんなメディアよりも小説はずっと鮮やかに、社会のことを教えてくれる。
『この30年の小説、ぜんぶ』の帯にあったこの文章の本質に、ようやく触れられた気がした。
「小説の最終的な目標は読者を自由にすること」
インタビューの最後に高橋さんがくれたひとことが今日も僕を書店に走らせる(了)
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